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「あの馬鹿楽長はね
本当に馬鹿なのよ。馬鹿って言うか馬鹿の馬鹿の馬鹿、馬鹿の中の馬鹿、最上級の馬鹿 馬鹿オブ馬鹿、キングオブ馬鹿、天上天下唯我独馬鹿] 以下 略 って言うくらいの馬鹿よ。」 けっきょく楽長がこないままライブが終わった後、公園に面している酒場のひとつ『まぬけな子馬亭』にオンボロ楽団のメンバーが集まっていた。 店の中のあちこちのテーブルでさっきまで噴水前でライブに参加して楽器を弾いていた人達やライブを楽しんでいた観客達が、おもいおもいに食事をしたり酒を飲んだりしている。 少し離れた席で雀が、多分彼の部下達だろう、数人の屈強な男達と大きなダミ声で騒ぎながら酒を飲んでいる。 一番奥のテーブル席がどうやら普段からセイリア達がよく使うテーブルのようだった。 8人がけの大き目のテーブルに今は3人だけが腰掛けている。 奥側の席の真ん中にセイリアが座っていて、その横には不思議な黒い箱の上に座っていた少女がいた。 例の不思議な黒い箱には小さな車輪が付いていて、少女が後ろから押してゴロゴロと酒場まで持ってきていた。大事そうに酒場の通路の奥の暖炉の横に置いてある。 ツインテールの髪をぴょこぴょこと揺らしてセイリアの横にちょこんと座っている。 その向かいの席に一人のアジア人が座っていた。 そのアジア人はつい先程セイリアと雀の二人での演奏が終わった時に話しかけてきたのだった。 「あの ちょっといいですか?」 見知らぬアジア人だったが、街中で演奏していると声をかけられる事など珍しくは無い。 「はい、なんでしょうか?」 ちょっとよそ行きの柔らかい口調でセイリアが聞く。 「不躾にすいません、自分は日本から来ました真田忠路と言う者です。」 真田は軽く頭下げながら、まず自分自身について名乗った。 ずいぶん礼儀ただしい人ね。セイリアが感心していると雀が別の部分に反応した。 「ジャパンから来て、その腰にさげてる刀をみると・・」 真田忠路と名乗った男の服装はロンドン風に洋服をきこんでいるが、腰には確かに日本刀を改造したベルトを使って下げていた。ロンドンで日本刀は殆ど眼にかかれない珍しい品物だ。 「ひょっとして あんたはサムライかい?」 雀がまるでめずらしい蝶をみつけた昆虫学者のような目で真田を見ている。 真田は日本人としては普通くらいの背丈だが、西洋人に比べると明らかに頭ひとつ背が低い。 その上、一般のイギリス人より更に一回り大きい体の雀が相手だと真田は下から見上げるような形になってしまっている。その状態で雀は上からいたずら小僧のような瞳を興味津々でらんらんと輝かせているのだから真田が少々たじろいでしまっている。 「ええ、一応自分も侍ですね。」 「そうかそうかサムライ殿か。」 雀の目が更に爛々と輝きを放つ。 「じつはサムライの最強伝説は俺も噂に聴いてるんだが、実際に見たことなくてだな、一度本物のサムライが見てみたいとずっと思っていたんだよ。本当にそんなにサムライが強いのかとても興味があってだな。いや決してサムライの強さを疑ってるわけではないのだがその噂がどれ程のものか見てみたいと言うか、試してみたいと言うか・・早い話がだな。」 いままで子供みたいに無邪気にはしゃいでいた雀の色ががすっと代る。 「ちょっと 手合わせ願えないかな。」 獰猛な狼が獲物を見つけた時のような殺戮の予感と歓喜の雄たけびを混ぜ合わせた様な瞳。 気の弱い者ならその瞳に睨まれただけで、その場にへたり込んでしまうであろう瞳。 そんな瞳に凝視されて、 小さな日本人の真田は やさしく微笑んだ。 「申し訳ありません。自分はまだまだ未熟者でして、刀の腕前は人様にお見せできる程の物ではないのですよ。」 アジア人らしい少し細めの瞳で、にこやかな微笑を浮かべて柔らかな落ち着いた物腰で丁寧に断りを入れる。 どーん! 「もう、何言い出してるのよ雀さん!」 セイリアが肩から思いっきり雀の巨体に体当たりして無理矢理に雀を真田の前からどかせる。 「話がめんどくさくなるから あっち行ってて。」 おっとっとっと 体当たりされてよろける雀を手で押して追いやる。 「いきなり失礼な事言い出してしまってごめんなさいね、ちょっとうちの楽団って荒っぽいのとか金にうるさいのとか、信じられないくらい馬鹿なのとか、そんなのばっかしなのよ。」 「いえいえ、気にしないでください。不躾に声をかけたのもこちらですから。」 そういってまた真田はにこやかに微笑む。 セイリアはそのにこやかな微笑を見て、そんな真田に少々驚いた。 そのにこやかな微笑そのものに怪しい所がまったくない。 逆にあまり裏のなさそうな本当にごくごく自然な微笑だった。 たぶん・・真田さんの国のジャパンで、にこやかな微笑の真田さんに出会っても何とも思わなかったでしょうね。 けどね、この若さで、ジャパンから船で2年も掛かるこのロンドンで、この状況で、普通はこんなに自然に、にこやかに微笑ことができる人はいないわ・・。 セイリアは感心してしまった。 ・・とても剣術は強そうにみえないけど、精神は立派な騎士 いえサムライみたいね・・ ・・笑顔って大事よね、見習わないと・・ ちなみにこの時セイリアは見た目で勝手に真田を年下だと思い込んでいるのだが、実際は2歳ほど真田の方が年上だったりする。 セイリアはあらためて、柔らかい口調で聞く。 「えっと、私たちに何か御用だったかしら。」 セイリアはちょっと真田を見習って笑顔を浮かべてみた。 どちらかと言うと不機嫌な顔や怒った表情の多いセイリアだが、もともとの顔のつくりはとんでもなく綺麗なのだから、その笑顔はとても良いものだった。 「じつはロンドンストリートライブの皆さんそしてリーダーの楽長さんにお願いがあって来たんです。」 真田のその答えを聞いてセイリアは口をヘの字にまげて露骨に嫌な顔をした。 「言っておくけど」 『まぬけな子馬亭』でセイリアが飲んでいたワインのグラスを一口飲んでから前置きをした。 「あのね、どんな噂を聞いてあの馬鹿楽長にお願い事をしようと思ったのかしらないけどねロンドンストリートライブ自体は別に『悩み事相談室』なんかやってる訳じゃないのよ。あのお馬鹿楽長が勝手に人のトラブルに首突っ込んだりして、大騒ぎになって、その尻拭いをロンドンストリートライブの皆でやっていて・・、それがいつのまにか噂になって・・・ なんだか怪しいトラブル抱えた人が相談に来るようになっただけなんだから。」 いつのまにかセイリアのグラスが空になっているのに気がついたアリスがトクトクとワインをグラスに注ぐ。 「ついでに言っとくけど、」 セイリアはアリスに軽く手をあげてありがとうと御礼する。 「このお馬鹿楽長はどんなトラブルでも一度もまともにトラブル解決なんかしたことないのよ。」 注いでもらったワインを一気に飲む干し、空のグラスを力強くドーーンとテーブルに置いた。 「いっつも最初のトラブルがウヤムヤになっちゃうぐらい、もっと大きなトラブルを引き起こすだけなんだから!!」 楽長が馬鹿なのは事実だし 楽長が馬鹿と言う事実は隠されている訳では無い。 隠されているどころかはっきり言うならロンドンの下町に住んでいる人間なら、町の噂に鋭い酒場のおじさんや、街の情報源の主婦のおば様がただけでなく、世間から遠ざかって部屋にこもりがちな苦学生の学生から、まだやっと言葉を話しはじめてばかりの幼児まで殆どの人が『楽長は馬鹿だ』と知っている。 それぐらい楽長は馬鹿なのだ。 それでも、じつは楽長と楽長が率いるロンドンストリートライブに不思議な相談事を持ち込む人は後を絶たない。 公園の噴水前で好き勝手に楽器を毎晩演奏する自由気ままな音楽集団『ロンドンストリートライブ』通称『LSL』 実際のところのメンバーなんてものは存在せずに楽器を弾きたい者や歌を歌いたい者やただ騒ぎたいだけの者があつまった集団であって正確には楽団ですら無い。 楽器が弾ける者が集まっているだけでなく酔っ払いが飛び込みで参加するし、いつの間にか毎晩のように来るようになってしまう旅人もいる。実は中には本物の吟遊詩人や、本気で国立楽団所属の演奏家などもフラッとやってきて混ざって演奏していたりもする。 いったいどれだけの人数が参加しているのか誰も把握していないし、そのうえソルなどのようにまったく楽器をひかずライブには参加する訳では無いのに、毎晩のように噴水前に顔をだしてウロウロしてるあやしい連中もいっぱいいる。 街の人から見れば、そのすべての人がロンドンストリートライブであって、言ってしまえば楽長の周りにいる人間全てがメンバーだった。 とてつもなく馬鹿な楽長と雑多なメンバーで構成される変な集団『ロンドンストリートライブ』 なんで こんな変な集団に相談しようと思うのか私には理解できないわ。 自分の存在は棚にあげて、セイリアは本気でそう思っていた。 「まあ、せっかく来てくれたんだし話くらいは聞くけどね。」 なんだかんだと文句を言いながら結局はセイリアは相談しに来る人をことわれない。 文句は言いたい放題言うけど、それは相談しに来る人に対してはではなくあくまでもお馬鹿な楽長に対してなのだった。 「ありがとうございます。えっと・・」 真田が丁寧に頭を下げて御礼を言ってから言いよどむ あっ その時になってセイリアはまだ自分の名前すら語っていないことに気が付いた。 「ごめんなさい、まだ名前も言ってなかったわね、ちょっと馬鹿楽長の話をすると色々と腹の立つ事とか、イライラする事とか、馬鹿馬鹿しすぎて頭痛くなる事とか、張り倒したくなる事とか、蹴りの2~3発入れたくなる事とか、ワイン樽につっこんで海の底に沈めたくなる事とか、色々思い出してきちゃってたまに止まらなくなるのよ。」 セイリアは真田に向かって改めて自分の名前を語った。 「セイリア・ビノシュよ。よろしく。」 「こちらこそよろしくお願いします。」 セイリアが片手にワインのグラスをもったまま名を名乗ると真田は礼儀正しくテーブルに額がつきそうなほど深々と礼を返してきた。 あわててセイリアもグラスを置いて真田を真似て頭をさげる。 「えっと、向こうのテーブルで荒っぽい連中と騒いでいて、さっき広場であなたに剣術の手合わせを願ったごっついのが、雀 精一(チュン チンイツ)みんなはふざけてスパロウ船長と呼んだりもしてるわ。」 「チュンだから雀 それでスパロウさんですか、なるほど」 何も説明しないのにそのあだ名を理解した真田にセイリアはちょっとびっくりした。 「やっぱりアジア人だと、その漢字って物が理解できるのね。私はいまだに漢字って理解できないわ。話す言葉とは別にそれぞれの物を表す漢字という言葉があって、更にその漢字に別の読み方があるなんて意味が解からないわ。何度説明を受けてもピンとこない。」 セイリアは子供の頃からそれなりに勉強をしていた、いや、正確にはやらされていたので、母国語のフランス語以外にも、英語、ポルトガル語、スペイン語の4カ国語が日常的に話せて、更に片言なら8カ国が話せる。 言語と言う物を体系的に考える事ができるセイリアですら、漢字と言うものはやはり理解できない物だった。 「えっと、それから私のとなりでホットミルクを飲んでるのが『ロンドンストリートライブのマスコット』アリス・セラフィムよ」 セイリアが隣の席にちょこんと座っている少女をそう紹介する。 「ア・・アリス・セラフィムさんですか。」 急に真田の表情が一変する。その顔に『まさか』と困惑の色が浮かび上がる。 その表情を見てセイリアは軽く肩をすくめる。 「真田さんも知ってるみたいね、そうよ、あのアリス・セラフィムよ。」 セイリアが何でもないことのように認めた。 「あのアリス・セラフィムさん・・本人ですか・・」 真田はその名前をしっていた。 『全ての理論がここで終わり、全ての思考がここで始まる』 そして『人は進化する』 『彼女によって一つの時代は終わる、人類文明すべてが一人の少女に敗北したのだ。』 そう言ったセンセーショナルな言葉と共に人々の口から口へと噂は広がりつづけた少女の名前がアリス・セラフィムだった。 ロンドンの全ての人が 否世界中のすべての人が彼女に注目していた。 見知らぬ港で見知らぬ誰かが叫んでいた。 「彼女の言葉が本当ならば俺達の作った船なんか無駄なのさ。風が無くとも船は旅をつづけ、馬がいなくても馬車は走りつづけ、翼はなくても人は大空を自由にできる。俺達の王国は滅んじまって、月が人の王国となるんだぜ。そう彼女はシヴィライゼーション・イズ・エンデッド『人類文明を終焉させる魔女』なのさ。」 真田はロンドンに向かう途中のある港街で、一人の男から、その名を聞いた。 その男は身なりは良い格好をしていたが影の薄い人間だった。 その男がどんな顔をしていたか真田はまったく思い出すことができなかった、印象と言う物が殆ど残らない感じの男だった。 ただ、その死んだようなドロドロとした液体のような目だけが思い出せる。 真田はロンドンに向かい、その男はロンドンからどこでもない何処かへ向けて旅立つところだった。 「友人が死んだのです。 アリス・セラフィムのせいで。 シヴィライゼーション・イズ・エンデッド(人類文明を終焉させる魔女)のせいで。」 男は淡々とまるでひとり言を自分自身に言い聞かせるかのように語っていた。 多分 目の前に座っている真田の事なんかどうでも良かったのだろう。 彼は思い出すかのように自分自身に語りかけているだけだった。 「友人だけでない、 アリス・セラフィムは人類全てを殺したんですよ。そう人類すべてをです。 僕の友人は誇り高き有能な学者だった。だから耐え切れずとうとう本当に自殺してしまいました。しかしそれはただ単に目に見える現象というだけの事であって本質は別のところにあるのです。 人類は一度すべて死ぬのです、彼女に言葉によって。 まだ小さき少女の語る魔法の呪文のような言葉によってすべての人類文明は死をむかえるのです。 ありとあらゆる全ての理論や秩序は破壊され打ち砕かれ粉々になりズタズタにされてひき潰され街中のさらし者になってから苦しみのたうちながら死んでいくのです。 今まで私たちが現実だと思っていた物は、現実でありながらあまりに意味の無い空虚な単なる空間だったのだと改めて思い知らされて打ちひしがれそして思い知らされるのですよ。」 男は目の前にいる真田をみていなかった。どこでもない、どこかを見つめていた。 「僕の友人は・・友人は・・」 その男は泥水のように酒をすすり、死人のように夜の街へフラフラと消えていった。 男はその後どこへ行ったのだろうか・・ 真田はその男の顔も名前も知らないしうつろな瞳以外は顔も覚えていないが『アリス・セラフィム』の名前だけはしっかりと胸に刻まれた。 実際にロンドンに来て見るとその話は無かったことになっていた。 一時の流行が廃ってしまったとか、そんなレベルの話では無かった。 言葉のとうりにまるで、その事自体が存在しなかったかのようになっていた。 彼女の書いたはずの『論文』という確かに存在していたはずの物ですら、影も形も存在しなくなっていた。 アリス・セラフィムなど歴史上に存在しなかったと言わないばかりだった。 街中の誰に聞いても嫌な表情を顔中いっぱいに浮かべて無理矢理にちがう話を始めてしまう。 いったい何があったのだろうか? 真田の知るところではなかった。 ロンドンについてからすでに数ヶ月がたつが、『シヴィライゼーション・イズ・エンデッド(人類文明を終焉させる魔女)』アリス・セラフィム とはいったい何者であったのか?まったく解からないまま、ずっと真田の心の奥に眠っていた。 そのアリス・セラフィムが、 真田の心の奥でずっと引っ掛かっていたアリス・セラフィムが 今、目の前にいる。 『シヴィライゼーション・イズ・エンデッド(人類文明を終わらす魔女)』と呼ばれて恐怖すらされていたアリス・セラフィムが 今、目の前で、 ホットミルクをふーふーしている。 ホットミルクを冷やそうと一生懸命にふーふーと息をふきかけて冷やしている。 両手で持ったマグカップの中のホットミルクは、すでの出ている白い湯気は弱弱しく どうみても、どう贔屓目にみてもかなり生ぬるくなっていそうだ。試しとばかりに一口のんだアリスはまだ熱かったのかちょっと飛び上がるようにびっくりした後に、また一生懸命にふーふーしている。どうやら『人類文明を終焉させる魔女』はとっても猫舌らしい。 大きめの椅子に座っているせいでアリスの可愛らしい両足は地面まで届いていない。 ふーふーと息を吐きかける動作と同時にパタパタとその両足がゆれている。 頭の上のツインテールもパタパタとゆれている。 うーん シヴィライゼーション・イズ・エンデッド(人類文明を終焉させる魔女)か・・・ なんとなく真田はそのギャップを埋めるのに、途方もなり労力がいりそうだったので あきらめる事にした。 「まあ その話は置いといて」 セイリアが問いかけてきた 「お願いってのは何かしら?」 「はいセイリアさん、探し物をしてもらいたいのです。」 ロンドンストリートライブに持ち込まれる相談には探し物と探し人は非常に多い。 もちろん探し物といっても、普通に探しても決して見つかるような物ではない一癖も二癖もあるものばかりなのだが。 「ジャパンから持ってきた『かんざし』が盗まれてしまいまいして、それを取り戻してもらいたいのですよ。」 セイリアは『かんざし』が何なのかわからなくてちょと悩んだ。 「アリスしってる?」 アリスはその声に反応してセイリアの方に顔をむけたが、一心不乱にふーふーしていて、どうやら話の内容は聞いていなかったらしい。 アリスはちょっと眠たそうな感じな大きな瞳をセイリアに向けて、無言で見つめ返す。 無言の瞳がセイリアに『なに?』と問いかけている。 「ジャパンの『かんざし』って知ってる?」 アリスは『まぬけな子馬亭』の古めかしい梁がめぐらされた天井を見つめて うーんと悩む。 頭の中を検索しているようだ。 なにかが検索にひっかかったようだった、アリスはあいかわらず眠たそうな無表情でポツリとつぶやく。 「日本の女性が使用する、髪飾り」 「へー日本の髪飾りなんだ。」 ピクリ と『日本の髪飾り』その言葉に反応した男がいた。 セイリア達が座っている席の近くでひとりでバーボンを飲んでいたいた男がスクっと立ち上がる。男は背が高くて細身の体に見えるが、それは鍛え上げられた筋肉が極限なまでに絞り上げられているからだった。短めに切った綺麗な金髪が目立つその男はセイリア達の席に近づいてきて声をかけてきた。 「ジャパンの髪飾りって、櫛みたいな形した、これくらいの大きさのやつだろう。」 そう言ってちょっと細めで長い両手の人指し指と親指で四角をつくる。 「そうです。ちょうどそのくらいの大きさの物ですね。」 真田が軽快に答えるのをみながら、暗雲たる面持ちでセイリアは近づいてきた男に声をかけた。 「ソル、何か思い当たる情報でもあるの?」 そんなセイリアの問いにソルと呼ばれた男は唇の右端だけ持ち上げてニヤリとわらう。 「いや、別に思い当たる情報は無いがな。」 ソルのその回答にさらにセイリアは暗澹たる気分になってきた。 嘘ばっかり ソルはけっして頭の悪い男では無いが、だからと言ってすば抜けて博識と言うわけでもない。 だいたいこのタイミングで『日本の髪かざり』に反応するなんてどう考えてもおかしい。 ・・また何かろくでも無い事を考えてるんじゃないでしょうね、この賞金かせぎ・・ 「まあ そんな日本の物なんて珍しい盗難品なら、金に換えるにしたって一筋縄ではいかねーよ。なにかしらLSLの周りに情報がはいってくるさ。」 ソルは、そう言ってまた唇の右端だけもちあげてニヤリと笑う。 それは事実だった。正直、ロンドンストリートライブの周りにいれば『かんざし』に関する情報をみつける事ができる可能性は高かった。 やれやれといった感じでセイリアが肩をすくめる。 「ところで真田さん一応聴くけど、衛視には届けたの?」 セイリアの質問に真田はこまったような表情を浮かべる。 「いちおう話はしたのですが・・なかなか一つの盗難事件を全力では調査してくれないのですよ。」 まあ そうでしょうね。セイリアは肩をすくめる。 「そのー じつはですね。」 真田は頭を掻きながら話した。 「その『かんざし』はある女性にプレゼントしようと思ってわざわざ日本からもってきた物なんですよ。」 へー 思わずセイリアは微笑んでしまった。 目の前にいる実直そのものに見える美少年(実はセイリアがそう思っているだけで、セイリアより年上なのだが)が、わざわざ日本から女性にプレゼントをもってくるなんて。 セイリアはなんとなく、ほほえましい気分になってきた。 「三日後にその女性と会う約束をしておりまして・・・なんとかそれまでに取り戻したいと思っていまして・・」 ロンドンの治安をさずかる衛視にとってはそんな三日後の約束なんてどうでもいいだろうが本人にとっては多分重要な話なのだろう。 なぜか セイリアはうんうんと頷いて納得している。 ソルが小さくクダラネーとつぶやいているが、聞こえない事にした。 「事情はよく解かったわ、盗難品の情報を集めたりするのはLSLの得意分野だし、さほど難しい事件とも思えないし、たまには人助けもいいかもね。」 真田の顔がひまわりが花ひらくようにパッと輝いた。 「それでは、引き受けてくれるんですね。ありがとうございます。 ちゃんと御礼はさせて頂きますよ。」 真田が丁寧に頭を下げた。 その後ろで、ソルが唇の右端だけもちあげてニヤリと笑っていた。 |
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